こんにちわ!soniaです。
今日は私の毒親体験から「毒親本人の状況」について考えてみようと思います。
(ちなみに、私自身はもう親元から離れていますし、直接親と接する機会もないので、今は被害には合っていません)
さて、毒親からあれこれされて苦しんでいる毒親サバイバーの方の多くは、毒親の気持ちが理解できない、という場面に遭遇するかと思います。
実際、私も理解に苦しむことが多いですし、完全に理解することは不可能だと思います。
今回は、そんな毒親、また、いじめやハラスメントなどの加害者側に立っている人についてお話しようと思います。
1、精神疾患である可能性について
まず一番に疑っていただきたいのは、毒親やいじめ、ハラスメントの加害者は、すでに何らかの精神疾患であったり、発達障害などの見えない障害を抱えている可能性がある、という点です。
私事で恐縮ですが、私の両親に関して言えば、父親が発達障害、母親は精神疾患であった、ということが、後に判明しました。
両親からは「お前は変わっている」とか「お前は頭がおかしい」など、散々言われてきましたが、今思えば、おかしいのは両親の方だった、ということがわかります。
世の中には「社会生活に支障が出ない程度の疾患、障害」というのはたくさんあって、もちろんそれに本人が気づかずに生活しているパターンは山ほどあります。
当然、気が付かなくても平穏に一生を終えることもあるため、それが悪というわけではありませんが、社会生活において、世間体は良くても、家庭内はめちゃくちゃ、という場合などはこの可能性は十分に考えられます。
また、両親が毒親の家庭の場合、この「精神疾患持ちと発達障害持ち」が夫婦で揃っているパターンはとても多く、依存関係に発展しやすかったり、カサンドラ症候群になるなど、お互いに悪い影響を及ぼす可能性が高いです。
子どもがいる場合、その影響が出る可能性も高く、正常な状態の子供が異常な両親によって傷つけられてしまう、という連鎖が起こります。
ただし、この状態を見てわかるように、やはり両親から見たら、おかしな行動をしているのは子どもかもしれませんが、実際におかしな状態なのは両親の方であり、両親の心情こそ理解できなくても、状態は理解することができると思います。
つまり、両親の状態が正常ではないので、正常な子育てが行われなかったということです。
2、「当たり前?」同じところを堂々巡り
毒親の両親を見ていて、ひとつ気が付いたことがあります。
それが「固定観念から抜け出せない」という点です。
例えば、膝を擦りむいたとして、昔から使われている塗り薬を塗るとします。
しかし、現代医学は発展していて、それよりも早く治る別の薬があります。
ところが、毒親は頑なに昔の薬を塗ります。
子どもはそれを受け入れるしかないので、古い薬を塗り続けます。
傷はなかなか治らず悪化します。
最終的に病院に行くと「この薬は効かないので、使わないでください」と言われ、別の薬を処方されます。
にも関わらず、毒親は「自分が昔から使ってる薬の方が治る、あの医者はヤブだ。そんな薬は使うな」と言って、昔の薬を塗り続けます。
傷は悪化して、傷跡が残ってしまいました。
……上記はあくまで例え話ですが、認知のゆがみが強く、他人の意見を受け入れない、状況判断が正しくできないなど、自分の中の「当たり前」を信じすぎるあまり、柔軟な思考ができなくなっている状態です。
このような同じところを堂々巡りの状態は、毒親だけでなく、いじめ加害者やハラスメント加害者にもみられる特徴です。
その人の中に存在する常識がアップデートされず、古いフォーマットのままなので、外で起こっていることが「理解できない」ようです。
家電が最新なのに、古い家電の説明書しか持っていないような状態なのですが、いくら「これは最新の家電なので、その古い説明書は使えません」と説明しても、その説明すら聞く気がなく、感情的にクレームを言う…みたいな感じです。
そのため、折角の新しい家電も使いこなすことができず、次にまた新しい家電が発売されても使うことができない…みたいな、堂々巡りが発生します。
この「自分には理解できないからお前らがおかしいんだ」「自分は悪くない」というフィルターがある限り、彼らはそのエリアから脱出することができないため、居心地が悪いのになぜ居心地が悪いのかわからない部屋にずっと閉じ込められているような状態です。
精神疾患や発達障害に該当しなかったとしても、この「こだわりが強い」状態が子育てに悪影響を及ぼす可能性は十分にあり、「本人も苦しいし、周囲も苦しめる」という悪循環に発展します。
3、これは地獄だ
上記のように、精神疾患であったり、発達障害であったり、堂々巡りをしているような毒親(もしくは、いじめ加害者やハラスメント加害者)は、すでに生き地獄に落ちているような状態に見えないでしょうか。
社会生活はとりあえず送れているため、原因にはたどり着けず、本人も「何かおかしい」と気づきながら根本原因がわからないし、自分は悪くないのだから周囲がおかしいと考える。
ずっと漠然とした苦しみを抱えながら、周囲に八つ当たりして生活する。
大切な家族を傷つけ、相手を理解できないし、相手から理解されることもない。
だからと言って「かわいそうだから優しくしてあげよう」とは、私は思いませんが、あえて毒親に復讐しようなどとは思いません。
なぜなら、すでにこの状態が生き地獄であり、落とすまでもなく地獄に落ちているから。
被害者がどれだけ口汚く罵られようと、加害者は無自覚に、自分でも知らない間に地獄に落ちたまま抜けられなくなっているのですから、あとはそっとしておきましょう。
4、なぜ加害者は裁かれない?
日本はとくにそうですが、毒親やいじめ、ハラスメントの加害者が擁護される場面に多く遭遇します。
日本には、立場の弱い人間の人権は無視する、少数派の意見はなかったことにする、などの古い文化があり、それがすなわち「毒」の本体です。
社会全体がうっすらと毒を容認している文化だったため、加害者は裁かれず、むしろ加害者の方が立場を強くする構図があったわけです。
例えば、セクハラの加害者が「これはセクハラではなく、コミュニケーションだ」と言ったとして、それを周囲の人間が「そうだ、気のせいだ」とか「悪気はないから許して」などと擁護する場面は全国どこでも遭遇するのではないでしょうか。
このように、日本は毒親・いじめ・ハラスメントの加害者を擁護する文化が強いため、被害者が泣き寝入りするしかないという状況が「今まで」の状況でした。
しかし、時代が変わって、昨今は「それはよくない」と声を上げる人が増え、人権教育をしっかり受けた若い人が多くなり、そういった加害者擁護は世代と共に高齢化しています。
全くのゼロとはいかなくても、長い目で見た場合、数十年後にはかなり減少しているでしょう。
人権を無視されると、どんなにメンタルが強い人でも、心は傷ついてしまいます。
悪意のあるなしに関わらず、やはり毒親・いじめ・ハラスメントはこの世から撲滅されるべきですし、将来的にはそういった人権侵害がゼロになることを望みます。
やっぱり加害者は地獄に落ちている
私は、自分の両親が毒親で、それが原因で自分が苦しんでいる、ということに真の意味で気が付いたのは30代になってからでした。
毒親という言葉も知らなかったですし、世の中は「親を大事にしろ、親の言うことは絶対だ」というし、やはり「おかしいのは、親が言うように自分なんじゃないか」と、思考を放棄することも何度かありました。
父親が私に昔言いました。
「いじめられるお前に原因がある」
それから数十年、家族から無視された父親が言いました。
「みんな俺をいじめる、俺が何をしたっていうんだ」
そのとき、私は思いました。
ああ、もうこの人は生き地獄にハマって抜け出せないんだな、と。
一時期、両親の不幸を願ったこともありましたが、今は何とも思いません。
生きているだけで彼らは苦しいんですから、どこかで長生きしてくれればいいなと思います。
私は自分の住む町で、新しい家族と、自分なりに幸せに生きていきます。
Comments